こんにちは!今回は中学校の社会で勉強する「 第一次世界大戦 の背景」について解説していきます!

「分かりやすく解説」シリーズは、一度授業は受けたけれどいまいち理解できていない人、テストの点数に伸び悩んでいる人にオススメです。

まずは 第一次世界大戦 が開戦する少し前の時代から解説していきます。

列強国(強い国)同士の同盟

第一次世界大戦 開戦前のヨーロッパは、国同士の対立が複数存在していました。

国同士の対立は紀元前から存在していますが、この時代では敵を同じとする国同士が「同盟」といった形でグループを作り、複数の国VS複数の国の対立が存在していました。

(相手の国と戦っているときに周りの国から攻撃されないように、前もって手を打っていたということ)

ポイント①三国同盟vs三国協商

時には同盟を結び、時には同盟を解消するといった行動が繰り返された結果、

ドイツ・オーストリア・イタリア(三国同盟)VSイギリス・フランス・ロシア(三国協商)

の対立が生まれました。

上記の同盟関係が第一次世界大戦に参加した国や地域の範囲を広くした原因となります。

ポイント② ヨーロッパの火薬庫

当時のバルカン半島は宗教や民族の対立などにより、争いが続いていました。そのため、バルカン半島は「ヨーロッパの火薬庫」(=大きな対立が一度起きてしまうと一気に周辺に広がり、戦争が止められなくなる場所)と呼ばれるようになりました。

1908年、バルカン半島にオーストリアが進出し、ボスニア・ヘルツェゴビナを併合しました。

それにより、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの領有権を主張していたセルビアの反発が激しくなり、セルビアの後ろ盾であったロシアとの対立も激しくなりました。

また、オーストリアとロシアの対立には“民族統合による領土拡大”の考え方が影響しており、

オーストリアはドイツと共に「パン=ゲルマン主義」を掲げ、ロシアは「パン=スラブ主義」を掲げていました。

「パン=ゲルマン主義」:各地にいるゲルマン系民族の統一・連合地域を増やそうとする考え方

「パン=スラヴ主義」:各地にいるスラブ系民族の統一・連合地域を増やそうとする考え方

この二つの考えがバルカン半島に向いてしまったことが原因で対立がより激しくなりました。

ポイント③サラエボ事件

これまでに説明してきた「同盟関係の争い」と「民族関係の争い」によって、ヨーロッパではひとつ事件が起きれば戦争が始まる状況でした。

そんな状況で、第一次世界大戦のきっかけとなった事件が「サラエボ事件」です。

サラエボ事件とは1914年にオーストリア皇太子夫妻がセルビア人の青年に暗殺された事件の名称です。サラエボとはオーストリアが併合したボスニア・ヘルツェゴビナの首都のことで、この地をオーストリア皇太子夫妻が訪問していた際に事件は起きました。

セルビアはロシアと同じく、パン=スラブ主義を掲げていました。そのため、オーストリアによるボスニア・ヘルツェゴビナ併合をよく思わないセルビア人青年が決行したんですね。

この事件をきっかけに、オーストリアがセルビアに宣戦布告しました。

そして、ポイント➀で挙げた三国同盟VS三国協商の構図に登場した国々がオーストリアとロシアそれぞれに味方することになりました。

まとめ

ここまで第一次世界大戦が始まるまでの背景を解説してきました。

抑えるべきポイントは3つです。

➀三国同盟VS三国協商(同盟関係の争い)

②ヨーロッパの火薬庫(民族関係の争い)

③サラエボ事件

なぜ第一次世界大戦が始まったのかを理解することで、戦争終結からの第二次世界大戦が始まるまでの流れをよりスムーズに理解することができます。

いかがでしたでしょうか??

近日中にその後の歴史も解説できればと考えています。

このシリーズの第二弾はこちらから→ 第一次世界大戦 特徴②編

ソヨギでは他にも勉強の役に立つ記事を載せています!!

気になった方はぜひ読んでみてください!!